月夜見
 残夏のころ」その後 編

    “カッカと来る夏”


今年の夏は記録的な猛暑に襲われている日本列島で、
誰か、冷夏になるよと言ってたはずが、
蓋が空いたら何の何の、
連日のように体温並みの最高気温を記録するわ、
陽が落ちても全然涼しくならぬまま、
熱帯夜に突入してしまい なかなか寝付けぬわ。

 「関東の猛暑日がこんなに続いたのは新記録なんだってね。」
 「そうなのかい?
  何だか毎年毎年 “歴代一位の暑さ”って言いようを聞いてるような気がするが。」

それはほら、熊谷がとか四万十がとか、
他の地域での記録が出たぞって話だったんじゃあないのかね。
じゃあ、関東は 案外そこまで暑くはなかったんだね、これまでは、なんて。
そもそもは罪がないからと
ご挨拶やおしゃべりの “枕 (ツカミ)”に重宝されてたお天気の話が、
今や用心しないと命にかかわることとして、
定時のニュースのトップを張ってるほどの酷い暴れようなのであり。

 「それでも、学生さんたちのスポーツの全国大会は
  たいがい夏休み中にあるんだねぇ。」

只今絶賛開催中の夏の甲子園、高校野球選手権大会といい、
インターハイこと高校総体といい、
中学生以下の少年野球や少年サッカーの全国大会といい。
この炎暑の中、炎天下のグラウンドで、
例年通り各地で催されてもおり。
学校が休みになるからってことだけが理由だと酷なんじゃあないかという
有識者の声がそろそろ出てもいい頃なんじゃあないかと思うのだが、
いかがなもんでございましょう。

 「オリンピックもこの暑い中で開催されるんだろ?」
 「まあ…この頃では秋に入ってもいつまでも暑いから、
  1年のうちのどの辺と設定しても変わらないかもしれないが。」

アスリートって凄いんだなぁ…。
毎度おなじみ、産直スーパーの “レッドクリフ”も
夏休みとあって短期限定の学生アルバイトが増える頃合い。
とはいえ、長期休暇のたびに毎回来ている常連組が主なので、
手際がどこか覚束ない新人さんは数えるほどだし、
それが女の子であろうものなら、
フォローしたがるお兄さんたちやオジサンたちが
我も我もと引きも切らずなので、

 「特に支障はないんだがな。」
 「特に、じゃあない “支障”はありそな言いようだな。」

今年は桃が出遅れてるなぁとか、
ハウスミカンがそろそろ出回るんじゃないかとか。
お盆前の青果部門の売り出しラインアップという作戦会議なぞ、
店長室にて構えていた、当店の大黒柱であるお二人が、
その前にと、それこそお天気の話のようにお題として取り上げかかっていたのは、
屋外エリアへのミスト冷房の設定温度の話でもなければ、
夏休み恒例、駐車場にてゲリラ的に開催予定の
ヨーヨー釣りやスーパーボール掬いといったお子様向けイベントの話でもなく、

 「インターハイに出てるわけでもない誰かさんが、
  1週間ほど連続して顔を見せないもんだから。
  この時期恒例、とうもろこし担当の誰かさんが、
  自分から “焼きもろこしの屋台を出そうぜ”と言いださねぇ。」

無精ひげか ずぼらな性格からの剃りのこしか、
そういう代物が顎の先なんぞにちらほらしていても不思議と若く見える
シャンクス店長様がやれやれと肩をすくめたのへ、

 「なんですよ。
  火器を扱う代物だけに、
  こっちから持ち掛けるのへの遠慮でも出るんですかい?」

暑いし危ないので無理強いするのは何だかなぁなんて、
今更遠慮してるんですかい?
毎年、いやさ他の季節の屋台や店頭販売も、
調子よくあの坊やへおっつけてたじゃあないですかと暗に言いたげな、
筋骨隆々、どっちが最高責任者なんだか判らぬほど落ち着いた雰囲気の
ベックマン副店長様が口許だけで苦笑を見せる。

 「…なんか引っかかる言い方をするね、お前。」
 「いつもこうですよ、俺は。」

自分が釘を刺さねば誰があんたを止めるんですかいと、
これも暗にそう言いたいらしい口調で続けてから、だが、

 「なんだ、ゾロの奴、インターハイじゃねぇんですか。」

そこは知らなかったか、確かめるように聞き返すところは律儀なもので。
それへ “うんうん”と何度か重ねて頷いて見せた店長さん、

 「あいつが留年してる身だってこと、
  思い出せればすぐにも納得なんだがな。
  それでも、学校の部活じゃあない、
  道場の方の何か大会でもあるのかなって思っていたらば、」

丁度、窓の向こうの眼下を
結構な力みようで売り場へ向かう誰かさんのいかり肩が見えたの、
視線でほれあれと示しつつ、

 「そんなじゃないらしいからこそご立腹らしい坊主がよ、
  なんか聞いてねぇのかと俺へまで噛みついてきやがって。」

 「おやまあ。」

判りやすいというか可愛らしいというか幼いというか。
そんな感慨は共通だったものだから、
此処は素直に、切れ長の目を見張った副店長。

 「それでですかい。
  さっきも何やらぶつぶつ言ってたらしくてねぇ。」

 「おや。」

今度は赤髪の店長の方が何だなんだと目を見張ったのへ、

 「あんの浮…、いやあのその、
  何も言わねぇ薄情もんは、結局なんで来てねぇのか判んねぇのかと。」

ルフィ坊やが言いかかったらしい口調をそのまま再現したらしい副店長さんだったのへ、
デスクに置いてた缶コーヒーを飲みかかった店長さんがぶふうと吹き出しかけたのは、

 「浮気者はよかったな♪」

 「しかも、いやいやそうじゃねぇだろと
  言いかかって自分でブレーキかけるもんだから
  中途半端に可笑しいというか。」

そこで止めてももはや言ったよなもんだろにと、
これへはベックマンさんもそのままにやりと苦笑をこぼして、

 「…で? 本当に訊いてないんですか?」
 「う〜ん。まあ、大したことじゃねぇから言わなかったってだけらしくてな。」

少々行儀悪くも片方の膝がしらへもう片やの足首を乗っけるような脚の組み方をし、
ぎいと事務用の椅子を軋ませつつ、後方への背伸びをした店長さんが言うには、

 「エースの奴が手伝ってる、白髭の爺さんとこの
  スイカだかかぼちゃだかの収穫の手伝いに急遽呼ばれたらしくてな。」

 「あそこのは規模が違いますからねぇ。」

此処のような産直の店を二つ三つ余裕で取引相手にできるほど、
しかもしかも幾つもの作物を季節またぎで扱っている大きな農場なものだから。
いざ旬だという時期が幾種かで重なるこれからの頃合いは、
猫の手も借りたいを地で行くらしく、

 「まま、滅多な奴は駆り出されねぇから、
  あのうるさがたの連中からどんだけ信頼されてるかでもあるんだろうが。」

働き者で誠実な人柄を見込まれたには違いないと、
問題の剣道青年をそこは一応褒めてから、

 「でもなあ、向こうにしたって
   “しばらくこっちへ来ません”と、
  わざわざルフィにいう理由、あるもんだろうかどうだろかって
  ちっとは迷ったかもしれんのだしなぁ。」

面白い青少年たちだねぇなんて、
想いのすれ違いっぷりには覚えもあるが、
こうまで物理的に擦れ違う日々は珍しい、
あのじれったい坊やたちを微笑ましいと笑っておいでの幹部の二人。
そんなこんなを大人たちから取り沙汰されていようとは
気がついてもない腕白くん、
はちきれんばかりという極上の実の付きようをしたとうきびを両手に
ああもう、だーもうっと焦れておいでのその背後から、
問題のお兄さんがお久しぶりっすと声を掛けるまであと数秒…。





     〜Fine〜  15.08.10.


 *夏休みの坊やたちに大人たちやきもきするの巻でした。
  相変わらずに微笑ましいと見守ってる周囲ですが、
  ステディな間柄になったらなったで、
  あっさりと公認しちゃうのでしょうか、この周囲は。(笑)


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